ある日、校長先生から電話があった。
「お嬢さんのことなんですが・・・」。
校長先生からの電話なんて、いったいなんだろう。
娘が何か良からぬことでもしたのだろうか。
一瞬胸騒ぎがした。
「実は、今年度の区主催の式典におきまして、徳行のあった小学生を表彰するにあたり、お嬢さんが選ばれましたのでご報告したいと思いまして・・・」。
いったい何のことだろう。「いつもお嬢さんがお母さんに代わって家事をなさっていると聞きまして、そんな感心なお子さんなら、学校としても名誉なことですので、ぜひと思い推薦しました」。
私は思わず絶句すると同時に、「ああ、またか、やれやれ」とため息をついた。
私が主婦であることを知りながら「いつも食事の支度はどなたがなさっているんですか?」と聞かれるのは日常茶飯事だからだ。
そのつど「はい、私がやっています」と答えるのだが、ほとんどの場合、相手は納得がいかないというように黙ってしまう。
当然ほかの家族がやっているものと思い込んでいるから二の句が継げないのだ。
慣れっこになっているとはいえ、いつも情けない思いになる。
”料理をめぐって
断った後の話も凄い。
上の引用のつづきと、断った後の話。
一緒にレストランに行けば、割った割り箸を渡してくれ、断りもなしに茶碗やお椀の蓋をとってくれる。
一歩外にでれば、こんなことの連続で、いちいち気にしてはいられない。それに、これらは少なくとも親切心から出ているのだから。
だが、例えば、白杖を持って一人で歩いているとき「どこへ行くの?」と言われ、電車に乗れば隣に座っている人がいきなり「おうちはどこなの?誰と住んでるの?」などと聞いてくることがある。
この、初対面にも関わらず子供に対するような言い方の裏には、根強い偏見を感じてしまう。
(中略)
私は気を取り直して聞いた。「あの・・・、それはどなたからお聞きになったのでしょうか?」。
校長先生は言った。「いつもお母さんに代わって買い物をされていると聞きました」。
確かに、「ネギを買うのを忘れたから買ってきてくれない?」、「玉子が足りないから買ってきてちょうだい」などと、時々娘や息子に頼むことがある。
きっと、買い物をする子供たちを見た人が、PTAの役員会か何かで、そのことを言ったのだろう。
そして、当然家でも家事をやっているに違いないと想像したのだろう。
私が一人で買い物をしているところを見た人もたくさんいるはずなのに・・・。
「あの・・・、家族で相談しましてからお返事いたしますので、ちょっとお待ちいただけないでしょうか?」。
「いや、もう決まったことですので、それでは困ります」。
「娘にも聞いてみませんと・・・」。
「お嬢さんだって、いつもけなげに尽くしているのですから、表彰されて当然じゃありませんか?」。
「すみません、一応確かめてみますので・・・」と言って電話を切った。
娘に話すと、「いやだよ、恥ずかしいよ、味噌汁も作ったことないのに・・・」と泣き出さんばかりだった。
これには、私も夫も、おもわず笑ってしまった。
次の日、また電話があったので、そのままを伝えたところ、「ほんとですか?それはお嬢さんの本心じゃない気がしますね。
お母さんだってお嬢さんに苦労をかけているんだから、こういうときこそ、いい思いをさせてあげるべきじゃないんですか?
私のほうから直接お嬢さんに話してみます」。一歩もひかない姿勢である。
その日、私は盲学校時代の友人たちに相談の電話をしてみた。
驚いたことに、「私もそんなことがあった」、「うちでは上の子のときも下の子のときもそう言われた」、「そういえば、そんなふうに言われたという人の話を聞いたことがある」などと言う人が何人もいたのだ。
それにどう対処したかといえば、「子供が断固として嫌だと言うから断った」、「うちの子は、勉強もスポーツも駄目だから、こんなときくらい表彰台に立たせてやってもいいかなと思ってOKした。
それに結構買い物なんかさせてるしね」、「聞いた話だと、その人は仕事が忙しくて半分くらい子供に家事をやらせているからということでOKしたらしい」、
「考えてみれば、子供の目を借りることも結構多いから、まあいいかと思ってOKした」、「うちの子は自分で校長室へ行って断ってきた」等々だった。
あちこちの自治体で毎年同じようなことをやっているのだということに、まずおどろかされた。
いろいろな意見を聞いているうちに、私の気持ちは少し揺らいできた。
確かに、私だって何かと子供の目を借りることも多いわけだし・・・。
次の日、校長先生が教室に入ってきて説得しようとしたが、いつまでも娘が首を縦に振らないので授業が始められず、結局あきらめたとのことだった。
ところがである。
その3年後、またしても校長先生から電話があった。
今度は息子を表彰したいと言う。新任の先生だから3年前のことはご存じないようだった。
息子は自分で断った。
きっと、今でも毎年こういうやりとりが、延々とあちこちで繰り返されているのだろう。
それは、家事、特に火を使う炊事は、目が見えないと危険であるという先入観から来ているのだ。
しかし、具体的にどういう場合に、どういう風に危険なのかと考える人はあまりいない。
火の状態を感知できるのは目だけだと思い込んでいるからだ。
それは無理からぬこととも言える。ふだん目以外の感覚を使うことがほとんどないからだ。
主婦が全盲だったり、全盲の一人暮らしだったりする場合、それが分かった途端アパートを貸すのを断られたという話は、昔から何度も聞いてきたものだ。これも、つまるところは「火」なのである。
しかし、全盲者が火を出したという話は、少なくとも私は一度も聞いたことがない。
それは、見えないがゆえに人一倍気をつけているからだろう。
そして揚げ物の話につづく。
(via ahiru178)
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2009-03-30
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